誰があなたを殺したの

千秋楽まで耐えきって

寒い部屋の中でひとりとどめをさした

暗くない、暗くない話だ
いやほんとに
私のカミサマの話。

ずっとずっと大好きな女の子がいる
小学生の頃から大好きなこが
最初は嫌いだったと思う。
同じグループにいるあんまり好きじゃない子、そんな印象。
いつからか一番好きになっていた。
どうしても大好きだから私のことも大好きになってほしいと思った。
距離を縮めようとまず下の名前を呼び捨てで呼ぶことにした
そう呼んでる子が他にいなかったし
私だけそう呼んでるという優越感
…自分は呼び捨てにされない寂しさと共に。
そしてある日その日は来た、私を呼び捨てに呼んでくれるようになった日
初夏、中庭の木々の葉がきれいな緑色だった
二時間目か三時間目の理科の授業中
百葉箱の前で「(本名)、次の授業なんだっけ?」
驚きすぎてもう一回言って?って言った
次の授業なんだっけ?
その前
…なんの話してたっけ?
その次
(本名)?
こんなやりとり
ふふ、今思い出しても輝いているな、思い出として。
死ぬとき絶対思い出そ
それが大好きがさらに大好きになった日

次のエピソードは短大の頃
自殺未遂が未遂になったって話
どこかでしたな、探してくれ
まぁ、それもこの子に伝わって電話をした(短大のこれについてはまた別の記事で長く書く)
色々迷惑をかけたので無事だよと伝えるために
そのときに言われた言葉が今でも大事なのだ
たとえ擦り切れるほどに使い古しても。
「…どうしても死にたくなったら俺に言ってくれないか、殺してやるから」
好きすぎる。
それからは殺させないために生きていた。
ちゃんとする理由がその人だった。
やめろと言われた援交はやめた
バイトを始めた
こちらから無駄な連絡はしなかったが一言ラインが来るだけで馬鹿みたいに喜んだ
遊びにいくだけでしあわせだった
年に3日会えるかどうかだったが
それでも世界で一番幸せだと思っていた。
他の友達の話を聞くのは辛かったし
恋人ができたら殴っちゃうなと思っていた、伝えた
殴っていいよと言われた、好きだ。殴る。
今思うとちょっとアレなくらい好きだったと思う。


そんな宗教もいずれ死ぬ、死んだ。
仕方ない、大好きは変わらない、安心設計
いつだっけな?
まぁ、毎年恒例の演劇部(高校の部活だ)の飲み会で
飼い猫が死んで3日落ち込んだって話から
私が死んだら何日落ち込む?って聞いた
1年だそうだ
1年なら死んでもよくね~?となってしまった
その子のために生きられなくなったので自力で生きている
俺の命は軽い。
付属品は重い、勝手に地についてくれる。助かる。
身勝手な信仰をした罰だ。
たぶん、こういうところが依存できない性格だと言われるのだと思う。
思うがこう考える以外の考え方がわからない
こうなるだろ、ならないのか

話がそれた、戻そう
私のカミサマだった人の話だ
まぁ、カミサマではなくなったが好きなままだ
演劇部の連中と同じくらい好き
きっと今がベストな関係なのだろうな
信仰も盲信もない
普通の友達をしている。
別に痛くないし辛くないし苦しくない
こんなにあっさりした性格だとは思っていなかった
宗教が死ねば死ぬと思っていた。
私の命は軽くないのかもしれない。
それでよかった
普通に大好きな人間として接することができてうれしい。
これからもよろしく、ともだち。
いままでありがと、カミサマ。